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移民して来るビジネスマンや富裕層によって、上海語を交わす人々が減り、そこが上海でなくても、ただ大都市であれば良いだけのことになってしまうのは決して喜ばしいことではない。
私は、上海人ではないが、日本人として名古屋人としてモノを申すのであれば、何のためにその地に生まれ、育ち、暮らしてきたのか深く思い起こす必要があるのではと思う。 私は生粋の名古屋人とは言えないが、名古屋が大好きだしそこから離れて暮らすなど考えたことは一度もない。 だから名古屋弁も喋るし名古屋めしも大好物である。 少し前に名古屋のタワーTV塔を取り壊す話も出ていたが、名古屋らしさのひとつとしてTV塔は外せないと私は思う。 市が買い取りを模索中と聞いて少し安心したが、3.11の震災がなかったらどうなっていたかと考えるとゾッとしてくる。 3.11の出来事は、日本人の心に大きな影響を与えた。もしこの出来事がなかったら日本の景気は今よりかなり良い状態になっていたと思う。しかし起こるべくして起きてしまったのである。被災地の人々は生まれ育った街に戻りたくても戻れない状況にあるのが現実である。街をなくしてしまったのである。どんなに辛いことなのか計り知れない。 人間の脆さや弱さを気付かされたことは、日本人にとってとても重要な出来事であったと言える。お金が幾らあっても何も出来ないのである。だから今、お金では買えないモノやコトを大切にしようという動きに日本中向いているのだと思う。 今回、好景気の上海に訪れ考えさせられたことは、[人のフリ見て、我がフリ直せ」ということである。 毛沢東の発案した言葉を引用して述べさせて貰うなら「反面教師」である。 私にとって、これから先まだまだ長い付き合いになりそうな上海だが、街の人々が口を揃えて「上海大好き」と 声を交わしていることを願っている。 鳥居佳則 ![]() ![]() ![]() ![]()
先日上海へ行ってきた。3ヶ月ぶりである。10数年前から通い慣れた場所だが訪れる度に発見がある。
以前は、贔屓目に見ても素敵とは言えない街であった。自転車に轢かれそうになりながら道路を渡り、コピー品の売人を避けながら街を歩いたものである。 都市が美しく変貌していくありさまを目の当たりにしながら通っていた上海は、私にとって新鮮でありながら懐かしさを感じる。以前の上海を知っている人たちは、今の上海をどう思っているのだろうか。 今回私は観光地としての上海ではなく、地元の住民の立場になってものを捉えてみた。 ビジネスチャンスに溢れる街上海は、確かに魅力的な街であると同時にどこかはかなさを持っている。 表から見ていると華やかで豪華な印象であるが、実際にはそうではないように思わせるところを見え隠れさせる。 EXPOの存在は、上海を大きく変えた。国としても街としてもその存在は、先進国として君臨させる出来事であったといえる。街の風景は、以前の面影も薄くなり大都市とはこうあるべきであると言わんばかりのありさまであった。 外灘辺りを探索すると運河を挟んで過去と未来が同居する。まさにブレイドランナーのように見えてくる。映画の世界が目の前に実写として3Dで現れたのである。上海の魅力は過去と未来の融合ではなく、同居のバランスこそが本来の姿であると私は思う。 例えば今や観光地化された新天地、元は1921年に中国共産党の第一回大会開催地でありここから新しい世界の創造地として新天地と名づけられたのである。また毛沢東も参画したひとりであることから氏のグッズは沢山売られている。 石庫門と呼ばれる住宅地を再開発した新天地であるが、高層マンションや商業ビルなどが建設ラッシュで新天地の土地はどんどん広がり、レトロモダンな佇まいの存在が影を薄めつつあるのは寂しいところである。 「新天地」 ![]() 「田子坊」 ![]() また田子坊も観光地として有名であるが、元々民家だった場所に画家や彫刻家がアトリエを開いたことが田子坊の始まりである。今そこには、迷路のようにお店がひしめき合って立ち並び探検気分をそそる風情はとても魅力的である。しかし隣接した住居には一般市民が生活しているが、住民との交流が特にないのがどこか不自然に見える。観光客達は、そのギャップを逆に楽しんでいるように見えてくるからこれもまた不思議である。 観光名所や繁華街が増えるのはいいが下町があれよあれよとなくなり、商売の街と変貌してゆく。そこには、従来の上海人が静かに暮らしていたに違いない。伝統が受け継がれ喜んでいる住民もいるが、一方では上海語を話す生粋の上海人は地元を離れ、静かな土地に移住し始めているのが現状である。 そこで見えてきたものは、やはりすべてに於いて向いている方向が商売(お金)だということであろう。つづく・・・・・・ 長編になりそうなのでつづきをお楽しみに。
お久しぶりです。スタッフUです。
先日、現在進行中の田中仏具店様の家具検品と建材視察のため、上海へ行ってきました。 セントレアから上海までの所要時間は約2時間30分と短い為、狭い機内でもストレスを感 じることなく上海に着きました。 そのおかげで、上海に着いてすぐに仕事でしたが、気持ちよく家具の検品をするこ とができました。 また、現地の工場の方々も、本当に熱心に仕事をしてくれていて、僕が今まで中国の人々 に抱いていたイメージとは全く違うものでした。 ただ郊外の町だけでなく上海の中心地でも、ゴミが落ちていたり、まだまだマナーとい う点では改善の余地があるように感じました。 仕事の合間を縫い、上海の「THE PULI、フェアモント・ピースホテル、ウォルドーフ、パークハイアット」などのホテル視察もしてきました。 やはり、写真で見ているのと実際に訪れて肌でその場の空気を感じるのでは、全く違う ものですね!! その様子を少しではありますが写真でもアップします。 家具検品! ![]() ![]() 宿泊した、Yun's Paradise Waltz Boutique Hotel ! ![]() ![]() ホテル視察の様子 ![]() ![]() ![]() 現在の上海の街の様子を少しだけ! ![]() ![]() 最後に現在建設中の「上海中心(上海センター)」 隣には森ビルがあるのですが、その中にこのビルの模型もあり、進行状況にあわせて森ビル内 の模型も作られているようです。 ![]() 今回の上海での検品、視察は、本当に濃い内容のものでした。 この経験を、今後の仕事に活かし、皆様のお役に立てるようより一層努力しなければと 思えるようなものでした。
名古屋の結婚式場マリエカリヨン名古屋の6Fにあります
ソフィアというバンケットがリニューアル致しました。 コンセプトでもありますシンデレラ城をより一層表現出来たのではないでしょうか? リニューアルのポイントは主役お二人の入場のバリエーションを増やすべく行った 階段を設けたことです。 出来上がりの過程を一部ご紹介致します。 【BEFORE】 ![]() ![]() 【イメージパース】 ![]() 【AFTER】 鉄骨、鉄板で階段の基礎を形成しています ![]() 光床内部にお客様にご支給して頂いたクリスタルを敷き詰めます。 弊社スタッフで手分けしてバランスをみながら行いました。 ボリューム感よく仕上がりました。 ![]() ガラスの靴も落とし込みました。物語と同じく片足のみです。 ![]() 踏み板のガラスを落とし込んで完成! ![]() 階段ステージから高砂側を見る。 ![]() 高砂側から階段を見る。 ![]() ちなみに新郎新婦入場口は階段ステージ上からだけではなく、もう一箇所あるんですよ♪ すでに分かっている方もいらっしゃるかもしれませんが、そこから和装入場や催し物などに使っていただいても良いかもしれませんね。 お客様の様々なニーズに応えれるような会場に仕上がりました。 限られた工期の中お客様、各協力業者様に助けられながら、 なんとか引渡し出来ることができました。ありがとうございます。 たくさんの新たな夫婦の人生の門出が、 この会場であることを祈っております。 近日WORKSにて改めてUPしますので、そちらもチェックして下さい。 STAFF Kがお届けしました。
日本は昨年の震災が先進国でありながら建築や住居に於いてどこまで日本人の身体性や精神性を
本当に考えて国作りをして来たのであろうかと、ふと疑問に思うことがある。 日本には優秀な建築家が沢山いる。 こんな時こそ真の建築家の存在が必至なのであろう。 「真の建築家」とはどんな人物なのだろう。 人が弱っている時、困っている時、苦しんでいる時に他人は何を考えるであろうか? 「私には関係ないから」「私には力がないから」「私にはお金がないから」などと考える人が殆どであろう。 「真の建築家」はそんな考えをしない人物でありたい。 日本人の衣食住は戦後世界のトップレベルまで登り詰めた。 しかし今回の震災により被災地の人々は仮設住宅でどう思っているのであろうか? そこには「精神の拠り所」はあるのであろうか、私達デザイナーは人々を豊かにすることを考えて仕事をして来たと思う。 それは決して物質的な豊かさだけではなく、心の豊かさをも考えて来たはずである。 しかし全てに於いて本当にそれが実現されているのだろうか。 お金を掛ければ掛けただけ心も豊かになると思っているとしたらそれは間違いであろう。 お金が無い時程それは心の豊かさが沢山ある人物でなければそれを豊かなものにすることは出来ないはずである。 どんなに貧しくとも「心のあり方」はみんな平等であるはずであり、その心は無限なものである。 例えばほんの小さな一輪の花が生けてある床の間らしきものがあれば人はその空間と対話し共鳴し豊かになれるのである。 そして畳らしきものがそこにあるとしたらなおさら身体的にも癒されるはずである。 日本人には貧しさの中から豊かさを想像した時代があった。 そしてそこに居る人は決して貧しいとは思っていなかったはずである。 人は弱いことが当たり前なのである。 弱さの中に真の強さを求めることがこれからのデザインのあり方に最も大切なファクターであると私は思う。 20世紀は近代合理主義により弱さを克服して来た。 しかし本来人間は弱くて当然なのである。 その弱さが浮き彫になった今回の震災により、本当の意味で大切なモノ・コトとは何なのか問われているからこそ、まさに「真のデザイン」のあり方は「弱さへの追求」であり地球規模で考察した「弱さのデザイン」が人類を救うと私は考える。 鳥居 佳則
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